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2009年5月

2009年5月31日 (日)

善光寺ご開帳 終了しました

今年、丑年の善光寺ご開帳は5月31日で終了をしました。

昨日は、善光寺の横の湯福神社社務所で行っている雅楽のお稽古は、お休みしてしまいました。駒ヶ根の義父の四十九日の法事に参列していました。

その四十九日の法要を営んでくれたのは駒ヶ根の安楽寺のご住職です。
この安楽寺では、昨年の夏に東儀秀樹さんの演奏会を開催され、盛況だったそうです。

法要の始めに、龍笛で盤渉調の越殿楽、最後は迦陵頻を奉奏させていただきました。

後でお話を伺ったのですが、住職の寺報の表紙は偶然にも迦陵頻でした。
迦陵頻は極楽で美しい声で鳴く霊鳥のことです。
義父は極楽で、この鳥の美しい鳴き声を聞いていることでしょう。

駒ヶ根で1泊をして飯田の元善光寺に行きました。
ここでもご開帳をしています。

今日の善光寺ご開帳の最終日に、長野市から離れて、飯田のご開帳に向かうのも変な気がします。

長野の善光寺と同じく立ち葵の紋です。


「元善光寺」と額にあります。


規模は違いますが、回向柱が正面に建立してあります。


長野の善光寺と同じように、仏様の手から回向柱に善の綱が渡されています。


ここでもお戒壇廻りが出来ます。しかも無料で、すぐ入れる!

真っ暗な中を進むお戒壇廻りで、さわると極楽にいけるという鍵は固定式でした。長野の善光寺は可動式になっています。

今日は長野市の善光寺もご開帳の最後の法要が行われ、大変混雑したことと思います。

飯田といえば水引。
水引の展示販売所を4ヶ所も廻ってしまいました。
実演の方も家紋と神道に造詣が深くが感心しました。伝統を引き継ぐのは大変ですね。
水引の結び方の本、なんと4500円!を買ってしまいました。
何に使うか、とても楽しみです。

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2009年5月27日 (水)

舞楽蘭陵王奉納 信濃招魂社

5月27日は、明治38年(1905年)に東郷平八郎元帥がロシアのバルチック艦隊を打ち破った日で、昭和20年までは海軍記念日とされていました。

信濃招魂社ではこの日に、国に殉じた方の慰霊を行う例祭を行っています。
長野雅楽会でもご奉仕をすることになっています。

その前に、10数年ぶりに熱海から訪ねてきた方を善光寺のご開帳にご案内しました。

5月一杯のご開帳。この日も混んでおります。

お蕎麦屋さんで一緒にお食事をして、信濃招魂社に到着したときは雅楽会は練習をしていました。


今日は三管の笙、篳篥、龍笛の他に、三鼓の釣り太鼓、鞨鼓、鉦鼓が入ります。
舞は陵王をします。

笙が一管(!)、篳篥が三管、龍笛が二管という編成です。


国歌「君が代」の斉唱の時には笏拍子も入れることにしました。

拝殿前の庭でお祓いをして、道楽に従って入場します。


楽を奏す。奉納楽は陵王を舞います。


光量が足りなくてあまりいい写真が撮れませんでした。





何とか陵王を奉納できました。
皆さんお疲れ様でした。

直会が終わって、湯福神社の社務所に戻ると、女性達は糸の色見本を見ながら、なにやらやっています。


私が一眠りしてしまっても、まだやっています。


時間が掛かりそうなので、私はとんかつ健に一杯やりに行ってしまいました。

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2009年5月25日 (月)

巫女だって、舞楽の唱歌

小学生の子は豊栄舞を一生懸命お稽古をしてくれて、順番を覚えてくれたので、いろいろ直すことが出来ます。


ちゃんとした先生に付けば、私よりずっと上手になるのに・・・・、少し残念になりますが、また講習に行ってきちんと覚えて皆さんに教えますね。



みんなで合わせる気持ちがあれば、綺麗に舞えますね。

そこで、迦陵頻です。
これこそ私は力不足ですので、舞姫の皆さんに唱歌から覚えてもらいます。

笛の私が相手ですので、龍笛の唱歌を覚えてもらいます。
3回ほど唱歌をしたら、何とか歌えるようになっています。掛け吹きや篳篥の音程に合わせる所も理解しているみたいです。

恐るべし小学生。
このまま龍笛を渡したら、吹いてしまうかもしれません。
お稽古のビデオに釘付けになっています。


小学生が帰った後、アヤパンが笙の唱歌のテープを取りに来ました。

その後、TOKUさんが来ました。
27日の信濃招魂社で国歌「君が代」のお稽古をしたいそうです。

参列の皆さんに歌っていいただくので、雅楽のようには吹かないので、気をつけてもらいます。太鼓や鞨鼓の打ち物も、字余りというか、ちょっと中途半端に終わりますので、注意が必要です。

中学生のMちゃんが来ました。
Mちゃんにも迦陵頻の唱歌をしてもらいます。
私達も唱歌と龍笛のお稽古が出来ます。



なんか大人の私達のほうが物覚えが悪いよなー。

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2009年5月24日 (日)

静謐な湯福神社結婚式

ご開帳で人があふれている善光寺。弥栄神社ご祭礼の屋台巡行で、町の人が大勢出ている長野市街地。
通り1本外れた湯福神社は静謐そのものです。

湯福神社で神前結婚式がありました。
長野雅楽会も雅楽演奏のご奉仕です。


静かな拝殿で雅やかな雅楽の演奏が流れ、結婚式が始まりました。


まず、お祓いをします。


祝詞奏上の後は、巫女舞です。


Mちゃんとsakuちゃんの豊栄舞です。


むむ、雨があたって来たようです。
楽筝の音が微妙に低くなっています。
Mちゃんは今日の舞振りは一番よかったといっていました。


続いて三々九度の儀です。


新郎様、新婦様、おめでとうございました。
末長いお幸せをお祈り申し上げます。


雅楽会の皆さんもお疲れ様でした。


挙式に参列したお嬢さんが、雅楽それも龍笛に興味があるとのこと。

早速、龍笛をお渡しして吹く練習をして見ました。


見事、フクラの音が出るようになりました。

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町衆の心意気。華やかなり、弥栄神社屋台巡行

善光寺ご開帳に協賛して弥栄神社の屋台巡行が行われました。

朝から雨が降っていました。

ここ南石堂町では朝7時半に屋台の安全祈願祭を行いました。


今回加盟町二十カ町の内、屋台を出すのは十カ町です。

祇園祭にギイギイと音を立てながら門前町を進む屋台は長野市の夏の風物詩です。今回はご開帳期間中に屋台を出します。

長野市の屋台の特徴は、踊り屋台でその上に踊りをする女性が乗ることです。


屋台の運行には多額の費用が掛かります。
南石堂町だけでも160名の人が参加します。

この町の屋台には手古舞が先行します。


先導の若い衆たちです。


勢ぞろいの手古舞の皆さん。


さあ出発です。
まず、町内の会所で手古舞と舞踊をします。


権堂町の屋台とすれ違いました。
この町の先導は競い獅子です。


権堂町の舞踊の女性です。


大門町の屋台。


お囃子の屋台が続きます。粋ですね。


元善町の屋台です。


「お先乗り」の出発地点に向かいました。

「お先乗り」の藤井奎輔君が白馬に乗って登場です。


お先乗りの綱切りによって屋台巡行がスタートします。


「お先乗り」は純真な少年で、ご祭神の須佐之男命の依り代として、長野市中の邪気を祓うために巡行をします。

奎輔君今日一日頑張って!

長野市を表す「長」印の旗、善光寺大勧進の車柄杓、大本願の月章を持つ白丁が先導します。


龍笛を吹く私に続いて、お先乗りの奎輔君が表参道を進みます。

参道に飾られる花傘提灯が風流です。

会所でご挨拶です。


堂々と出来ました。


いよいよ善光寺に進みます。


大勢の人が居ます。


まず、大本願のご上人様にご挨拶です。


大変よく出来ました。


途中、仲見世の元善町の会所にもご挨拶です。


三門前を曲がり、大勧進に進みます。


大勧進貫主様にご挨拶です。


貫主様と記念撮影。

お先乗りご家族と、長野市長、小坂憲次衆議院議員が入ります。

お先乗りの立役者。奎輔君の御婆様です。
きれいですね。


私もちゃっかり小坂憲次衆議院議員ご夫妻と撮影。


さあ、三門の答礼に行きます。


ここで私は湯福神社の結婚式に行かなければなりません。
湯福神社はすぐ隣ですが、三門を通れないので回向柱には大勢の方が並んでいて、人混みを分けながら行くしかありません。

龍笛だけの道楽だったので汗かいたー。

奎輔君頑張ってね。

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2009年5月23日 (土)

アヤパン登場!!そして唱歌の練習

「笙を習いたいんですぅー。」

結婚前に篳篥の稽古に来ていたアヤパンが登場しました。
「何とか笙を買えるようにしました。」
えっ!それでは何とかしなければなりません。

H田さんと相談してもらいました。

結婚して、姓が変わって、出産をしたアヤパン。
こんなに思い入れがあるとは思いませんでした。

これからは家庭と雅楽で大変と思いますが頑張って!!

女性陣は何やらやっています。
迦陵頻の装束の刺繍を考えているようです。


装束の写真と糸見本を一生懸命見ています。



ここで、TOKUさんのおばさんが、刺繍屋であることが判明。
また、タッキーが輪郭を描くことが得意であることが判明しました。
何とかなるかもしれません。


w君の到着が遅くなっているので、s原さんは唯一の男性として一人で篳篥をしています。

調子が出なく気の毒なので、龍笛の女性と唱歌を合わせてもらいました。

容赦の無い女性の唱歌に、男性のs原さんはかえって音程が合わなくなってなおさら気の毒でした。

そこにw君登場。

笙で音程を取ってもらいながら、三管のみんなで唱歌ができました。

蘭陵王と豊栄舞のお稽古を終えてから、アヤパンを交えて越殿楽の唱歌と演奏をしました。

アヤパン一緒に頑張りましょうね。

装束の話で盛り上がりましたが、明日5月24日は善光寺ご開帳のハイライトになる、弥栄神社の屋台巡行です。

長野市の混雑は想像もつきません。
いつもの交通規制に、駅から善光寺の間の中央通り、二十カ町の枝道にまで屋台が通り交通が規制されます。

今日の混雑振りもすごかったので、明日の湯福神社結婚式に新郎新婦と御両親、参列者が到着できるか心配です。

明日は7時半より南石堂町の屋台のお祓いをして、お先乗りの行列に午前中参加します。

善光寺までの道中、天気が良くて龍笛が吹ければ幸いです。

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2009年5月22日 (金)

浦安舞のお稽古。最初と終わりでは大違い。

今日は2週間ぶりの浅野神社舞姫会のお稽古です。

いつもどおり元気な舞姫さん。なっちゃんの号令でお稽古を始めます。

前回は扇の舞の部分を直しましたね。覚えていますか?
みんなで舞って見ましょう。

あら、バラバラだし、形も姿勢も面白い形になっていますね。

お鈴の舞はどうでしょう?

あれれれ、お尻が出たり、お腹が出たり、手もバラバラです。
足の引く方向、足の出し方、手の出し方、進め方をやらなければ。

みんなが順番を覚えてくれたから直すことが出来ます。

どうすれば綺麗になるのだろう?

舞はとても合理的に出来ています。
手の指がちゃんと伸びていれば、立つことが楽になります。
足をきちんと引けば姿勢が崩れません。
腰を落としたぶんだけ足が動きます。
お腹が出れば手が伸びません。

いつも笑い合ってお稽古をしているのですが、今日のみんなは真剣です。

何かを聞き取ろうとする感じが出てきました。

手も上がりましたね。


夏の浦安舞講習まで2ヶ月です。
みんなが綺麗に舞うことが出来れば、講習会の先生はさらに教えてくれるよ、といったことが効き目があったようです。
みんな頑張れ。

役員のおじさん方も、太鼓と唱歌をすると張り切ってお見えでした。
「難しいねえ。」を連発されていました。
こちらはどうなるでしょうか?またの機会にご一緒させてください。

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2009年5月19日 (火)

長野のスター!☆祇園祭のお先乗り

5月24日は善光寺御開帳の奉賛で祇園祭の屋台巡行が行われます。

屋台の先頭を切るのは「お先乗り」と言われるお子さんです。金襴の狩衣を着て馬に乗り、善光寺三門、弥栄神社を通り、長野市の中心部を巡行します。
長野市の篤志家の中で、選ばれるのは名誉と言われます。

今年は大門町の御本陣藤屋の藤井大史郎さんの長男藤井輔君3年生です。

金襴の装束を着けました。大きいので(学年で7番目と言っていました。)奴袴の折り返しもギリギリです。

凛々しいですね。
純真な身体の子供に、御祭神のスサノオノミコトが降りてくると言います。

この日はお父さんが働く御本陣藤屋で、長野市を代表する100名ほどのお客様の前でお披露目です。

広間でお客様をお迎えしました。

私の吹く龍笛が先導して披露宴会場に到着です。

藤井輔です。お役をお受けしました。一生懸命頑張ります。

立派な御挨拶に会場から拍手が沸きました。

『ご祭礼』といわれる祇園祭は長野市では最も大きく華やかな行事です。その中でもお子さんが務めるお先乗りは長野市民の注目の的です。
華麗で粋な踊り屋台が10台出ます。昔は芸者さんが屋台の上で舞を披露しました。

盛大な行事に、長野雅楽会でも是非お先乗りに道楽を奉仕したいです。
「いらない。」
宮司にはっきり言われてしまいました。(´・ω・`)ショボーン

でも、奎輔くん。新田町前の綱切りから善光寺三門までは私が龍笛を吹いてあげるね。

実は綱切りを考えて始めたのも、この私なのだ。
お先乗りは長野市のスターなんだ。
オリンピック選手になるよりも難しいよ、と伝えたよね。
立派に勤めてくださいね。

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2009年5月18日 (月)

左舞は唱歌を暗譜しないと。

今日の巫女舞の練習は3人お休みです。

まず、豊栄舞です。24日の結婚式に舞をします。
顔を下に向けないこと、目線をちゃんと決まった場所に向けること、拍子に合わせることに注意してお稽古をしました。

舞い始め、1の拍子で手が開きます。
目線や手の位置など難しいですね。舞の1番を何度もお稽古しました。
豊栄の舞は二人舞までお稽古をしました。
次回は間奏の部分と、2番の舞をじっくりやりましょう。

続いて、迦陵頻を少しだけしました。
sakuちゃんはやりたーい、と言ってくれます。
実は私はよく覚えていないのですが・・・・汗。

こんな動きがあるよ、拍子は八拍子というけど、雅楽の拍子はその中に小拍子が入るよ。そして4つ目の拍子から始まるよ、と一応説明をしました。

よん、にぃ、さん、し。
ごぅ、にぃ、さん、し。
ろく、にぃ、さん、し。

「どう?」
「わかんない、わかんない、わかんなーい!!」
RちゃんとYUKIちゃんの「わかんなーい!」の合唱です。
「SAKUちゃん、どうしよう?」
「次回は歌でやったほうがいいよ。そのほうがわかるよ。」
「わかりました。」

次に中学生のMちゃんが来ました。

豊栄舞の細かいところを注意しながらお稽古をしました。

Mちゃん曰く
「豊栄舞は一番お稽古していないんですね。本番で舞うことが少ないとだめですよね。」

そうなんですか。

結婚式用の二人舞までお稽古が出来たので、迦陵頻をお稽古してみましょう。

「よん、にぃ、さん、し」・・・・・やはり、拍子を数えながらのお稽古は不評です。
では、唱歌から覚えよう。

すごい!すぐに拍子が取れて、2,3回で何とか唱歌になっています。
私のほうが焦ってしまいます。

舞姫部の巫女さんたちは、きっとすばらしい舞が出来るようになると確信しています。
(私の指導ではちょっとアブナイですが。)

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2009年5月17日 (日)

戸隠神社式年遷宮還幸祭

今日は戸隠神社の式年遷宮で,
神様が中社から宝光社にお還りになる日です。

長野雅楽会は道楽を奉仕します。
交通規制が始まる前の、9時に湯福神社を出発しました。

雨のせいか、車も少なくスムーズに戸隠神社中社の久山館に到着しました。

山車や神楽が次々と久山館で奉納を行います。雨で体を濡らした役の人が、「寒い寒い」と大きなストーブで体を温めていました。

ここは戸隠神社の中でも最も格の高い本坊でした。
戸隠の別当職で、勧修院と言いました。
津村信夫の『戸隠の絵本』という詩集でも有名です。

行列の始まる1時までやることがありません。

みんなで合奏をしました。


残念ながら、雨のため道楽は中止になりました。

この久山館でおいしいお蕎麦をいただきました。

せっかく美味しいお蕎麦をいただいたので、神前に陪臚と越天楽の演奏を奉納させていただきました。


宝船、神楽、神様がお乗りの神輿が、宝光社に向って出発です。


雨に濡れている新緑は美しく、神幸の行列が中止になり残念です。

我々も宝光社の越志旅館に行きました。
ここはもともと徳善院と言いました。

ここの御神前にも雅楽を奉納しようとすると、次から次から神楽が来て神前に奉納して行きます。


神楽の獅子舞がとても賑やかで驚きました。
「神道修成派」の額にも驚きませんか>?


明治に神仏判然令(神仏分離令)が出された後に、仏教の面影が強い戸隠で、最初の神道修成派が入った宿坊です。

ここでは陵王一具の演奏を奉納しました。
春の山菜、お赤飯など、とても御馳走をいただきました。

越志旅館を辞して長野市に戻り、善光寺門前の東之門町の総会に出席しました。
おぞばやさんの北野屋さんが会場です。

西澤正隆県議会議員と加藤吉郎市議会議員が来賓でお見えです。


ここでも手打ちの美味しいお蕎麦をいただきました。

今日は道楽が中止になって、上げ膳据え膳で、好きな雅楽を吹いているだけ。とても幸せな日でした。
日常では考えられないですね。

もう一つ宴会がありました。

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2009年5月16日 (土)

そして誰も居なくなった。篳篥。

今日は午前から篳篥の人が集まってお稽古をしました。
龍笛二人がお付き合いしました。

篳篥3名+1名参加。3名が不参加。
+扱いの1名は元会員で珍客です。

午前で1名が帰りました。
午後2時に1名帰り。
午後4時に珍客も帰り
午後4時半に1名帰り・・・・。

篳篥の中の人、誰も居なくなってしまいました。

それでも迦陵頻音取、当曲。抜頭の舞楽吹き、など篳篥の人は目いっぱいやりました。

定例の夜のお稽古に篳篥が居ません。

ダメ押しで平調の鶏徳をやってもらったのが、いけなかったのかしら。
口が疲れた?
鶏徳をやらされるとは思わなかった?(いまさら?または、もしかして苦手だった?)

で、夜の稽古は笙と龍笛だけになってしまいました。


しょうがないので、唱歌を目いっぱいしてから、合奏をしました。

これはこれでいいお稽古でしたが、やっぱり篳篥が居ないと寂しいですね。

明日の戸隠神社の還幸祭の道楽は雨になりそうです。
やっぱり歩くのかな?

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コネー?!ゆうがたゲットの放送

13日に湯福神社の撮影をしたテレビ信州の情報番組「ゆうがたゲット」

本日、ロケがオンエアされるというのでテレビをつけました。

3時50分に番組が始まりました。


本日の特集は、スイーツと信州骨董博がメインです。

なかなかコネー!
・・・・・・1時間経過

御開帳中の「善光寺周辺情報!!!お勧め観光地」というコーナーが始まりました。
来るかも!

長野の歴史を紡ぐ会の小林先生が、日曜日の善光寺案内ボランティアとして登場しました。


おっ!
善光寺から500メートルの距離に湯福神社があると紹介されます。


善光寺開祖の本田善光のお墓が湯福神社にあるとが紹介されます。


一瞬、我々がお稽古をしている陵王と迦陵頻の曲が聞こえました。

いよいよ・・・・。雅楽のお稽古の場面が映るかも・・・。

画面は切り替わり、大門町の農業館に。
おやきを作るのおばさんになってしましました。


そして往生寺の回向柱に・・・・。


それで終りです。
デレクターさんが雅楽のお稽古は今回のロケの主旨に合わないと言ってましたっけ。

しかし、コーナーの最後にわざわざ湯福神社の樹齢1000年の御神木を紹介してくれました。


夜、Nさん夫妻が「番組見ましたよ。」と電話をくれました。

結果はキター!なんでしょうね。
番組でも湯福神社を良く取り上げてくださいましたし。
デレクターさん、ありがとうございました。

長野雅楽会の取材はまた機会があるまで待つことになりました。
雅楽や舞楽、巫女舞もしていますから、いつか機会が訪れるでしょう。

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2009年5月14日 (木)

長野青年会議所(長野JC)ASPAC成功祈願祭に巫女舞

御開帳でにぎわう長野市。

アジアの青年会議所(JC)一同を、長野市に集まるASPAC(アスパック)会議まであと3週間です。

今日は社団法人長野青年会議所(長野JC)とRINX4の方が合同でASPAC成功安全祈願祭を行いました。

我々長野雅楽会は、ASPAC成功祈願祭の巫女舞と雅楽演奏を担当することになりました。

まず、控え室で、着替えと剣の用意です。


舞衣の上に千早を着ます。
舞衣に上に袴の紐を廻します。

剣に刀袋をつけるのも大変です。
でも、もう巫女さん達は自分のことが大分できるようになりました。

国際21弥生の間に到着。席に着きます。


青年会議所の方は巫女さんをどのように想像されていたでしょうか?
今回は小学生と中学生です。
(過去には大学生の女子が巫女舞をした事があります。)
現役メンバーの神主さん、親戚のYさんに御祓いをしてもらいます。


巫女舞の説明をします。
今までにない張り詰めた会場にビックリ!
「えー、剣ノ舞は、一切の厄を祓い退けまして・・・」


剣ノ舞です。巫女さんもJCの皆さんの真剣さに応えて一生権舞剣の舞をします。

まずは『静』の舞。式神楽です。


次に勇ましい動きの『急』に移ります。


巫女さん達は堂々と舞えたと思います。。

これで、ASPAC JCの皆さんの一切の厄祓いと成功成就が出来ました。


玉串奉奠の時は越天楽を奉奏しました。


スモークを焚いて雰囲気を出してくれています。

室長、委員長を始め、演出をされた委員会の皆様にはお世話になりました。。

3週間後のASPAC長野大会の成功をお祈りいたします。

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2009年5月13日 (水)

キター!なの?テレビの取材?

今日は笙のお稽古です。

私以外は全員女性となりました。

テレビ信州の方より情報番組の「ゆうがかたゲット」で、ご開帳の善光寺に縁の深い湯福神社で取材をしますと連絡を受けました。

「雅楽のお稽古も取材されるかも!」

雅楽のお稽古の皆さんに伝えました。


皆さん準備に忙しく余り相手にしてくれません。
楽筝の調弦をやっています。


笙の方と別室に分かれて、篳篥と龍笛でお稽古を始めました。
迦陵頻と抜頭の舞楽吹きをします。

私はテレビがいつ来るか、外ばかり気にしています。

キター!

① 善光寺開祖の本田善光廟。
② 1000年の樹齢の御神木。
③ 長野西高校の校章になった梶の葉の御神紋。
④ 神社の鰐口が越後勢に持って行かれた事を天地人に引っ掛けて話す。
⑤ 紅葉の標準木が境内のイチョウの木であること。

そして「今日は女性だけで、雅楽をお稽古をしていますよ」と、雅楽のお稽古に誘導するつもりです。

長野の歴史を継ぐ会の小林先生がテレビの人と一緒に・・・・・・。
ひょっとして、私はお呼び出ない・・・・。

「雅楽も少し取材してくださいな。」
「先生が忙しいので後ほど伺うかも知れません。」
「・・・・・・・」

昼食後。

「取材用のお稽古をしますか。」
皆さん、ありがとうございます。

太鼓と鞨鼓の打ち物を入れ、蘭陵王を舞いました。

「来ないねー。」

迦陵頻、抜頭の舞楽吹きにも打ち物を入れてもらいます。

「来ないねー。」

電話です。
「渋滞で行けないかもしれません。今回の取材の趣旨と違うので、、お帰りいただいて結構です。」

「いえ、居ます。」
何でムキになってしまったのでしょうか?

お稽古の終盤にテレビの方が見えました。
蘭陵王を舞っているところ、少しだけカメラを回して帰って行きました。

今回はキター!だったのか?

勝手な妄想に周りを巻き込んでしまった?

雅楽の人、テレビの人、済みませんでした。


お騒がせしました。

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2009年5月12日 (火)

キター!PART2。羽根がたGETだぜ。

S県からH氏が長野雅楽会のお稽古場の湯福神社に来られました。

H氏はわざわざ迦陵頻の羽根を見せてくれるために来てくれました。

まず、このキャリングケースはすごい。


さあ見せてください。(^人^)オ・ネ・ガ・イ

おおー!


尻尾が付きます。


立体的になりました。


着装中。


おおっ!・・・・おっ?おじさん?


か・かわいくない・・・。


自分で工夫しながら作りなさい。

わっわかっりました。

H氏が試行錯誤されながら(器用な方ですからそんなことは無いですよね。)作られたものを惜しげもなく見せていただきまして、本当にありがとうございました。

遠いところお越しいただき、わずか30分の邂逅でしたが、とても貴重な時間でした。

本当に、キター(2)です。

貴重な羽根(の着け方)ゲットだぜ。

TSBテレビ信州の情報番組は「ゆうがたGET」だぜ。

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2009年5月11日 (月)

剣ノ舞. 道行と急

戸隠神社で5月2日に演奏会をした時に、lilyさんから剣ノ舞の道行と、急の時の剣の持ち方が固く直線的でしたと指摘を受けていましたので、今日のお稽古はそこに重点を置きました。

手が伸びると「突撃!」スタイルになってしまいます。

剣の歯の向きも大切です。

剣が内側に向く陰の構えと、外に向く陽の構えがあります。

剣の刃先から柄までちゃんと動かないと舞が小さくなってしまいます。


何度も練習しました。
一番大きいkohaちゃんには何度も稽古をしました。
厳しかったんだね。少し涙ぐんでしまいました。
(ごめんね。でも上手になろうね。)

四人で剣ノ舞をします。


さあ心を合わせて、道行が始まります。


初心者のM美ちゃんも剣を大きくふれるようになりました。


髪の毛を切って、少し大人っぽくなった中学生のMちゃんも剣ノ舞のお稽古です。

とても良く出来ました。

迦陵頻のお稽古を少しやろうよ。
「どおー」

「どおー」


この子は何でも出来ちゃいますよね。

巫女舞教室に来る女の子はみんないい子達です。

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2009年5月10日 (日)

穂高神社式年大祭奉祝舞楽を拝観しました。

20年目の式年大祭の大遷宮祭、最も重要な遷宮祭を終えたばかりの穂高神社。

今日は奉祝の舞楽が催されました。

神楽殿の横には楽人用の演奏台が増設されています。


巫女さん4人による胡蝶です。


舞を合わせるまで大変練習をされたと思います。


この神社の羽根はとても華やかです。

篳篥の演奏に圧倒されて息を呑みました。

続いては、胡飲酒です。
胡人の酔った様を舞にしたと言われます。



「うー酔っ払った。」


「死刑!」(古いギャグですが)


「シェーッ!」(これまた古いギャグ)

舞人は舞台狭しと大きく舞っていました。
速さの緩急があって、とても楽しい舞です。

次は、納曾利です。
女性の二人舞で、面を着けていません。
二人とも、とても良く合っています。
ピンクレディの「UFO」です。(古くてすみません。)


長く着けた裲襠(りょうとう)が、飛ぶたびにぴょんと翻ってとても可愛く見えます。
二人で飛ぶのが可愛かったです。

三の鼓と太鼓の拍子がとてもすばらしかったです。

落蹲の姿勢から納曾利急に演奏が変わります。
軽快な打ち物に舞がとても良く合いました
男性の納曾利とは、また違う趣を感じました。


蘭陵王です。
私達の会のものとは面が違いました。

とても、なじみの舞となりましたね。

長慶子の舞楽吹きで終わりです。
この曲は先週私達がお稽古したのですが、舞楽吹き特有の拍子の切り方と、笛の「五」の高さがとても難しかったのです。
打ち物が入るとまるで違いますね。

さすが野外での演奏は聴き応えがありました。

胡蝶の羽根は、有名な穂高神社の人形師の方が製作されました。

皮で出来ています。

胡飲酒の靴を見せてもらいました。


めくったところ。


納曾利の銀帯。


色々な舞が鑑賞できて大変楽しかったです。

四つの舞と最後の長慶子の演奏まで、信濃雅楽会様をはじめ、楽人の皆様お疲れ様でした。

舞楽は自分達で演奏するより、見ているほうが楽しめました。

だって、緊張するし、苦しいんですもの。
私はここ一番のところで必ずまちがえる、蚤の心臓ですから。

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キタ━━(。A。)━(゚∀゚)━(。A。)━(゚∀゚)━(。A。)━━!!!!

何も無いところから始めた長野雅楽会。

平成9年から雅楽会をはじめて、徐々に道具も揃うようになって、何とか舞楽も一つできるようになりました。

現在はタッキーたちが迦陵頻を頑張っています。

迦陵頻の装束欲しいなー、と思っていますが、舞楽の装束は普及品でも高くて手が出ません。

悲しいかな実物を見たことが無いので、どうしたらいいのかわかりません。

親しくしていただいている雅楽会が装束を調製されたと、伊豆支部のMIYUちゃんが教えてくれて、連絡まで取ってくれました。

午前中、ボーとしていると宅急便がきました。
丁寧に梱包されている荷物です。

えっ!まさか・・・。
キタ━━━(゚∀゚)━( ゚∀)━(  ゚)━(  )━(゚  )━(∀゚ )━(゚∀゚)━━━!!!!

見本にと、迦陵頻の装束を送ってくれたのです。

袴だっ!いや、指貫だっ!

迦陵頻は自作が多いと聞いていますが、袍は作れないとしても、袴は自作したいなー、と思っていました。

しょっちゅう、いい生地がないか探していますが、いかんせんどんな物かわからなかったのです。

刺繍がされている!

窠(か)の紋もあるし。

袍もあります。刺繍がとても多いです。

脚絆です。

銅拍子がかわいいです。

大変高価で貴重なものを送っていただきましてありがとうございます。
ちゃんと包装をして、すぐにお返しするようにいたします。

MIYUちゃん連絡を取ってもらってありがとう。

そういえば、関西の舞の大先生が仰っていました。
「装束など欲しいと思っていれば、なぜか自然に出来るのよ。それは神様に一生懸命ご奉仕をしようとする心だから。」

大先生、装束は作れるかわかりませんが、心入れ替えて一生懸命精進します。

もうひとつ荷物がありました。

「日光東照宮御用達」・・・・・・。

おおっ!先週、日光から長野に遊びに来たM氏ではないですか。

懐かしい、今市の清開、それも大吟醸です。それと四季桜です。

こちらは、好きこそ物の・・、で引き寄せたのでしょうか?(何もお構いしなかったのに、わざわざありがとうございます。)

こっちも、キター!!!です。

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善光寺中日庭儀大法要で雅楽を奏でる2  -大法要道楽編ー

5月9日、快晴の善光寺はご開帳の参拝者で賑わっていました。

中日庭儀大法要の庭儀式のため、一山住職の先導として、私たち長野雅楽会は雅楽を奏で、道楽をいたしました。



龍笛の音頭の独奏に続き、初太鼓から、龍笛、篳篥、笙の音が合奏になった時、大勧進大門前では「おおっ!」と声が上がりました。

もしかしたら、一山住職21名の煌びやかな法衣に声が上がったのかもしれません。

善光寺山門の階段を上がるときゅうに視界が開けます。
本堂前庭には回向柱が立っています。

(写真は、本堂側から山門側を見たもの)

いつもは長い行列が続く回向柱の前は、庭儀式の行事のために誰も立ち入らないようになっています。


雅楽は越殿楽から、陪臚、そして大僧正をお迎えになる頃には五常楽急になっていました。
声明が始まり、回向柱前で庭儀式が始まります。


続いて本堂において大法要です。
私達雅楽会は、法要の儀式が行われる善光寺本堂の内内陣まで入ります。


内々陣中央には前立て本尊が開帳され、本堂天井にご本尊の手から結ばれた善の綱が渡され、回向柱につながっています。

実は内々陣中央には、善光寺開祖の本田善光卿と妻の弥生御前と、子の善佐(よしすけ)御三卿が奉られています。
善光寺開祖の本田善光卿のお墓は、私達のお稽古場である湯福神社に祭られています。

善光寺の絶対秘仏である阿弥陀三尊は、私達のいる本堂内々陣の西側に奉られているのです。


鐘の後、私達の奏でる陪臚の曲のなか、回廊で散華を済ませられた一山住職、大僧正が本堂にお見えになりました。


石塚大僧正が瑠璃壇にて大法要を勤行されます。


大掛かりな声明が始まりました。
国宝善光寺本堂の中に声明の声が響きます。


住職の子弟も童子として陪席しています。
男の子はマルコメ君ですね。


もうすこしだから・・・。


十念が始まった頃、私達は次の準備のために本堂を出ました。
次は再建前の善光寺があった場所、世尊院の釈迦堂まで道楽です。
観光客で賑わう仲見世を行列が通ります。

大僧正のお輿。


天蓋です。


誰もいない善光寺参堂中央を雅楽の先導で仲見世まで進みました。


釈迦堂での法要の後、無事に大勧進に到着することが出来ました。
仲見世から大勧進までの道楽は、参拝の大勢の方に喜んでいただけました。


大僧正様は稚児さんとの記念撮影です。


大変恐れ多いのですが、私達も大僧正様と写真を撮っていただきました。


7年に1度のとてもすばらしい儀式にご奉仕させていただきまして、長野雅楽会奉仕者一同大変感激しております。

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善光寺中日庭儀大法要で雅楽を奏でる1 -出発編-

5月9日、善光寺のご開帳行事の中でも最も盛儀である、中日庭儀大法要 (天台宗)の日は快晴でした。

善光寺大勧進大勧進の庭には奉仕する人々が大勢集まっています。
何しろ900名の行列です。

長野雅楽会も準備が出来ました。

世話人のアソウタロウ氏と布衣(思いっきり狩衣ですが)のシゲルちゃん。

住職の娘さん。

かわいい稚児行列。

青侍。

白丁さんたち。

一山の住職がお出ましになり、朱の大傘が着きます。

いよいよ出発の準備が出来てきました。

大勧進大門前に行列が整えられました。

大門前にはものすごい数の参拝者です。

静かに息を吸って、越殿楽を吹き始めました。
道楽の開始です。
(大法要道楽編に続く)

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2009年5月 8日 (金)

綺麗に舞いましょう

浅野神社舞姫会の浦安舞のお稽古は3年目になります。
6人いるうち、3年目のお子さんは4人います。

お稽古が始まるまでは飛んだり跳ねたり、大騒ぎです。
お稽古を始める前に、まず全員に手を洗ってもらいます。道具にさわる前に手を洗ってもらいたいのと、心身を清めて、心を鎮めてもらう為です。
が、これがなかなかそうなりません。
みんながやる気になるまで待つしありません。

最初は自分の思うように舞をしてもらいました。

役員さんは「前回見たけれど、上手に舞えますね」と褒めてくださいました。

しかし、順番は覚えてもらったのですが、姿勢や形が合わなかったり、視線や拍子がまだばらばらです。

「今年は綺麗に舞えるように気をつけてお稽古をしましょうね。」
何年もお稽古をして、順番を覚えた女の子がいるから言えるせりふです。



そんな舞姫さん達なので、一つ一つの説明をしながら進めることが出来ました。説明したことを理解できてきたこと、聞き入れる心構えも出来てきたということでしょうか。
時折、真剣なまなざしを向けてくれます。

「夏の講習会までに綺麗に舞うことを覚えれば、、講師の先生はもっとみんなに綺麗に舞えるように教えてくれるよ。」
そう言うと身を乗り出してくれました。みんな頑張ろうと思ってくれたようです。

最後のご挨拶も見違えるようによく出来ました。


私をすぐに追い越しそうな、
とても将来が楽しみな舞姫さん達です。

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2009年5月 7日 (木)

迦陵頻はかわいい女の子が舞うんですよね?

今日の午前中は大食調の曲を吹きたくなったので、音取のお稽古の後に、「長慶子」と「抜頭」の舞楽吹きをしました。

唱歌は笛の音程通りに歌わないので、うっかりするとすぐ間違えてしまいます。
また、舞楽吹きは軽く吹かないと、笛の切れる箇所のお尻が何とも・・・、暗譜しないと延びちゃいます。
ワカッチャイルケド・・、暗譜をちゃんとやりませんねぇ。

昼食にご開帳中の善光寺門前に出てみますと、なんと今日は参拝客が少なくて驚きました。
3日前の5月4日は50万人の人出でした。
空前の人出に回向柱や内陣の戒壇廻りなど3時間待ちと言われましたが、今日の昼過ぎの時間は回向柱に並ばず触れましたし、おびんずるさんもすぐに触ることが出来ました。
連休の谷間と昼食時間が重なって、連休中と随分違いました。

午後は迦陵頻の二人舞です。

ここまでお稽古をすると装束が欲しくなります。

昨日はS県のH氏に迦陵頻の羽根について尋ね、今日はK氏に装束についてお聞きしました。
雅楽の先達が知り合いにいらっしゃることは大変ありがたく、とても有意義なお話しを伺うことが出来ました。
1社に見積もりをお願いしてみました。

迦陵頻の舞をだいぶ覚えてきた女性の二人。
でも、迦陵頻は童舞で幼くて可愛い子が舞うんじゃなかったっけ?

このお二人は・・・・!

疑問を持つと怒れれそうなので、振鉾の真似事をしてみました。

鉾はないので、浪速神楽の短い鉾をその気になって持って見ました。

なんかヘン!。

穴を掘っている人ではありません。

かっこわるっ!

人のことなんか言えませんねw。
大変失礼しました。

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2009年5月 5日 (火)

長野市 蚊里田神社 雅楽と巫女舞

5月5日は、5月8日と言われた蚊里田八幡宮の春祭りです。

6回豊栄舞のお稽古をした巫女さんの発表の日でもあります。

朝早くから若槻東条公民館に集合して、巫女の装束を着けます。


あいまさ、かんざし、かもじ、丈長、水引などを綺麗に髪につけて、薄化粧をしてもらいます。


長野雅楽会も集合です。


出発箇所、若槻東条公民館前で行列を整えます。


お祭りの行列は北国街道を進みます。道楽の雅楽に続いて豊栄舞の舞姫さんが進みます。


りんごの花が満開の中、お祭りの行列が進む姿に長野雅楽会静岡支部のM女史は大感激でした。


善光寺大本願執事の臨席のもと、雅楽の演奏とlilyさんの式神楽が奉納されました。


6回に亘り、湯福神社社務所でお稽古をした豊栄舞の奉納です。

笙、篳篥、龍笛の三管と楽筝、lilyさんの歌と笏拍子で演奏が始まります。

まず、一組目が舞います。
年頃の娘さんの地元で舞う恥ずかしさと、真剣な初々しさがあります。


とても立派に舞えました。


二組目が舞います。

落ち着いたいい舞でした。
乙女舞といわれる豊栄舞ですが、可愛らしく舞えてよかったと思います。

巫女さんの皆さんとても頑張りましたよね。


多くの人が記念写真を撮っていました。

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2009年5月 4日 (月)

神楽笛はどれがいいのでしょう

三本の神楽笛があります。


上から、最近頂いたもの、何故か実家にあったもの、伊豆支部のMIYU女史の御自慢の高いもの。

私は浦安舞ぐらいしか吹きませんが、神楽笛を吹き比べてみるとそれぞれ違うみたいです。


低い音から高く出すのが難しいと言われます。
「六」と「〒」の音に気を付けるとも言われます。

浦安舞などは「五」の音の高い低いもあるように感じます。

「結局は吹き方だよね」で話は終わってしまいました。

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蚊里田神社神楽殿で明日の豊栄舞の練習

東京から帰ってきたlily☆さんと蚊里田神社に向いました。

明日の例祭に豊栄の舞を奉仕する巫女さんと、神楽殿でお稽古をしました。


lily☆さんが巫女さんに指導をしてくれます。




千早を着けてお稽古をします。
千早の袖が綺麗に見えるように気をつけていると、綺麗に舞えるようになりました。


明日のお祭りでの豊栄舞、みんなで合わせて頑張りましよう。

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2009年5月 3日 (日)

戸隠神社式年大祭 渡御の儀で雅楽

7年ごとに行われる戸隠神社の式年大祭、本日は宝光社を出発した神輿が中社にお渡りになる、渡御の儀です。

長野雅楽会では渡御の儀の道中雅楽を演奏する道楽をご奉仕しました。


地元の戸隠の宝光社出身で、長野雅楽会の会員であるO氏は、戸隠神社に伝わる神楽、弓矢の舞の奉仕です。


手水をして心身を清めて出発です。


笙、篳篥、龍笛の順で進みます。




後ろには巫女舞の女の子が続きます。


大きな神輿です。


無事に中社に到着しました。


登り道できつかったけれど、皆さん頑張りました。
道楽お疲れさまでした。


O氏と娘さんです。


O氏の宿坊でご馳走になりました。


次は5月17日の戸隠神社還御の儀で道楽をします。

今後の予定は5月5日にW君の蚊里田神社で道楽と式神楽、豊栄舞のご奉仕。
5月9日は善光寺中日庭儀で道楽をします。

結婚式や長野JCのASPAC成功祈願祭での巫女舞など、5月は大忙しです。

長野雅楽会の皆さん頑張りましょう。

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2009年5月 2日 (土)

戸隠神社式年大祭、奉納舞楽


信州戸隠神社で七年毎に行われる式年大祭の奉納行事に長野雅楽会から雅楽の演奏に参加しました。

管方13人、舞楽蘭陵王舞人、巫女舞の浪速神楽舞姫4名、総勢18名になります。

その内、助っ人は長野雅楽会静岡支部と諏訪から2名が応援に来てくれました。

笙と打ち物方です。


篳篥と龍笛は夢にまで見た四管立てになりました。


蘭陵王もスタンバイOKです。


浪速神楽 剣ノ舞の舞姫さんは、白の舞衣に金襴の千早を着ています。


剣ノ舞から始まります。


一番小さいRちゃんはおばあちゃんが戸隠出身なので是非舞をしたいと参加です。

小さいのにお姉さん方の混じって頑張りました。


とても綺麗に舞えたと思います。


続いて、舞楽蘭陵王。


音頭で躓くかと思いましたが、皆さんの冷静な判断で舞うことが出来ました。

全員で記念撮影。


やっと終わって社務所で着替えです。


蘭陵王も装束を外します。


高原のビザ屋さんで食事をしました。
すがすがしく気持ちがよかったです。


明日は戸隠神社の遷宮祭の道楽に6人がうかがいます。よろしくお願いします。

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2009年5月 1日 (金)

犀川神社の春祭り

5月1日は長野市の犀川神社の春祭りです。

区長さん方は格衣に着替えて参列です。


ご祭神は大山咋命(おおやまくいのみこと)です。
大山咋命(おおやまくいのみこと)をお祀りする神社の本宮は滋賀県大津の日吉大社です。
お使いは狛犬ではなく、お猿さんです。

犀川神社にも狛犬ではなくお猿さんがまつられています。

ちなみに「猿」と言われた戦国武将の豊臣秀吉、幼名は「日吉丸」でした。
お猿さんと日吉神社の関係がうかがわれますね。

奉納絵馬は天保と文政年間のものがありました。




これは大工さんが奉納した絵馬のようです。
曲尺、のこぎり、かんな、墨壷が描かれています。


101年前に合祀が行われましたが、そのときの諏訪神社の御柱祭は戦前まで行っていたようです。


総代さんの家には「日吉山王宮」の掛け軸がありました。
神道長 卜部良長とあります。この京都の吉田家が、江戸時代まで神社、神主の認可を与えていました。

犀川神社は奉納煙火の花火と獅子舞が有名ですが、このような歴史もあります。

平成19年の神宮大麻頒布の模様は、遷宮と同じ20年毎に作る伊勢神宮の映画にも収められました。

恐れ多くも平成20年6月3日に畏きあたりに天覧に浴したと漏れ伺っています。

神楽と花火が大好きな犀川神社の祭典は秋祭りが一番にぎやかになります。

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