とある神社の脇にそれは置いてありました。
15戸ぐらいで護っている住宅地図にも名前が載っていない神社です。
何気なく手にしてしまいました。
でも、それは紛れも無く旧日本陸軍の弾薬の一種類と直感しました。
その時は地域の方に任せたつもりでしたが、気になって今日神社に行ってみるとまだその物体はありました。
すぐに警察に連絡をしました。
手にしてしまい、その物体の底には穴があったのを見てしまいしました。
手榴弾だろうか?でもひょっとして穴があったので、第2次世界大戦に、その名を境に馳せた日本陸軍の擲弾筒の弾薬ではないかと思っていました。
交番の警官ともっと上部組織の警官が現場に来ました。
第一発見者は私です。
色々と事情を聞かれました。
事情聴取は、以前賽銭泥棒を捕まえた時にも長時間掛かりましたので、ある程度は覚悟していました。
でも矛盾の無い聴取をするためか、事件性を疑っているのか、とても細かく繰り返しの質問です。
無線が入りました。
もっと細かく事情を問い合わせています。
現場の警官も、その上の組織に矛盾無く説明を求められるのか、と思いました。警察が警察を聴取する。
しかし、よく神社にある砲弾とかは無害化されて、100年以上前の日露戦争戦
捷の頃から全国の神社に配られていました。
今日警官の方とお話していますと何か違和感があります。
もちろん法治国家にあって、銃刀法に忠実に職務を執行されている現場の尊敬すべき警察の方と思います。
・・・・・戦中において金属供出を免れた神社奉納の砲弾の類は、占領軍が来てから徹底的に隠されました。
占領軍が来てからは砲弾と言わず、県社、郷社と書かれた碑や、支那事変の碑は本より、慰霊顕彰のあらゆる碑は壊されました。
楠正成の縁の神社と言われる茨城県の後輩の神社では、占領軍が調べに来ると言うだけで楠公縁のご神宝は荒らされる前に全て燃やしてしまったと言いますし、その後でも神社はGIに荒らされました。実際全国各地の神社は占領軍に荒らされました。皆さんが知らない戦争の歴史です。
これは戦後のように神社を宗教のカテゴリーとするならば明確な国際法違反です。
しかし日本人は占領軍の暴虐が終わるまで耐えました。
占領軍の施策は軍国主義につながるものは全て禁止と言うことで、忠臣蔵をはじめ仇討ちの時代劇、歌舞伎なんかも上映禁止、演劇で刀を抜くのも禁止するほどでした。
宮内庁で楽長をされた東儀俊美先生の本とか読みますと、占領期か独立直後に北海道で宮内庁が雅楽講演会を行ったところ、久米舞で太刀を抜いた時に拍手喝采だったとあります。刀を抜くと言うことがいかに禁止されていたかがわかります。
もちろん当時は雅楽の理解は無く、宮中雅楽を「ミヤナカガラク」と言われたそうですが。それだけ言論思想は占領中に徹底的に弾圧されました。
どうも銃刀法の扱いが占領軍の時のまま続いているような違和感を持ちます。
もちろん戦前戦中のテロや、戦後の混乱、高度成長期の左翼ゲリラの横暴により法律は細かく進化したと思いますが・・・・。
この物体に神聖や生成があるとは言いませんが、この擲弾筒の砲弾は神棚に置かれていたと推測できます。
それは神棚に飾る幣束の串と土器とともに置かれていたからです。
これを置いた方は、先代が拝んでいた神棚の処分に困って、この神社に置いていったのでしょうか。
この砲弾を作った人もいるだろうし、この兵器で亡くなった方もいるでしょう。
砲弾の持ち主はこの兵器の厳しい訓練を受けたのかもしれません、また若き時の闊達な日々を思っていたのかもしれません。
戦地に散った戦友、交戦した敵を偲んで神棚に置いたのかもしれません。
擲弾筒は貧しい島国日本が、安価であることで開発したチープな兵器かもしれません。
でもそれは敵国に恐れられ、現在はグレネードランチャーとして世界中に使われている兵器の親です。
この知識がなぜ治安を預かる警察に無いのでしょうか?高度にわからない振りをしているだけかもしれませんが、敬意を払う人間もいますと言いたいだけです。
ネットでちょっと調べるだけでわかりますよね。
89式重擲弾筒
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E4%B9%9D%E5%BC%8F%E9%87%8D%E6%93%B2%E5%BC%BE%E7%AD%92
88式榴弾
http://cb1100f-1982.web.infoseek.co.jp/collection3_0a.htm
とても優れた兵器です。発射すると銅製のリンクの部分が膨らんでライフリングが出来ます。もちろん人殺しの道具であることもわかります。
素人が余計なことを推測してはいけないのでしょうが、発射の線条痕がありますし、推進薬の発射跡があります。雷管もありませんし、信管の安全索もありません。
訓練用に使ったものではないかと思われます。
願わくば、この榴弾が無害で、武器として再利用できない物とわかれば、神社に置いて長く平和と歴史の教育のためと、祖先を偲ぶよすがとして、置いて欲しいものです。
個人の物にすると散逸するでしょうし、行政によりポイと処分されないように祈るだけです。
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